昭和40年03月04日 朝の御理解



 教祖の神様のご時代、ある大変難儀な問題でお願いにあがられた。その時に教祖の神様がおっしゃっておられることは、『願う氏子の腰で座れ』とおっしゃったそうです。「どうでもこうでもおかげ頂かせてください」とこういってお願いした、いくら「どうでもこうでもおかげを頂かせてください」と言うて、願うてからおかげを頂くというもんじゃない。『願う者の腰だ』と。
 皆さんの、例えば願いはどんなもんだろう。お参りしておれば、お願いをしておれば、まぁ段々おかげの方になっていくに違いない。まぁおかげを頂くと信じておりますという程度のことで、そして何が何やら分からんと。いわゆる、本当の腰というものが入っとらんのじゃなかろうかとこう思うね。もうおかげはもう自分のものにしておるような、一つの気迫というか。
 どうでもこうでもおかげを頂かなければ、後には下がらんという、その「腰」が入ればおかげになる。「どうぞお願いします。お願いします」と言うたばかりじゃつまらん。そこには今まで出来そうにもなかった修行も、改まりも本気で出来ることでしょう「腰」です「腰」さえ入れば出来る。そこで私は思うですけれども、お互いの願いというものがです。その「腰」を入れる前に、もうおかげを頂いておるということですね。
 椛目の方達の場合は。本当に、腰を入れる前におかげを頂いておるということです。半信半疑ながら、神様、信じて伺えば、そのままがおかげと。半信半疑だったらおかげも半分。「疑うてかかればおかげが全部うそになる」というように教えておられるのですけれど。疑うてかかっても半分ぐらいおかげ頂いておる。半信半疑であっても、もう、そのままおかげ頂いておるというのが、椛目で皆おかげを頂いておる実態ではないかと思うね。どうですか、皆さん。そう思われませんか。
 ですからそこに信心の「腰」がいる。毎日朝参りしておりますというだけではなくてです。愈々おかげを頂こうという、その腰の入れ方というもの。半信半疑ながらおかげは頂いていると。そんなら「腰を入れた」と。「本気で腰を入れてお願いをさしていただいた」と。ところがおかげにならない。そこでいよいよ追求させてもらいよったら、願いの主旨というか、願いそのものが神様の気感にかなわなかったと。ね。
 例えば、大東戦争の時に日本が、大勝利を治めますようにということを願った。腰を入れて願った。けど敗戦に終わったと。まぁ大きく言えばそんな意味の、私共の個人の小さい問題でもそう。どんな例えば、私共には分に過ぎたような、大きな願いごとを立てるとするか。なら、それにおかげを頂くために「腰」を入れて願いをしたけれども、お願いが成就しなかったと。
 「腰」を入れたけれども。そういう時にあなたはその願いというものを、一遍検討してみなきゃいけない。これは、私が親教会の四十年の記念祭の時、ちょうど一年前に、その準備委員会が開かれた。もう二十年前の話ですからね。随分お金もきいた。あの時分に一万円の祭典費にですよ一万円の計上ですかねぇ。それから十年後の五十年祭には五十万かかりました。ね。大変な紙幣の価値というものが違ってました。
 そういう時代なんです。私共引き上げて帰ってきた時に、一人に千円ずつ持って帰ったんですからねぇ。しかも、以上は持って帰らなかったんですけれど。もう、押して知るべしですたい。その時分に一万円の計上されたんです。ところが、誰も百円でも私おかげ頂こうというものが二十人あまりの委員会の中になかったんです。金のことになったら、誰でも下うつむいてから、どうというそのあれが出なかったんです。ね。
 そして話が出たことはです。百件あまりの信者の家、一軒一軒戸別訪問してからです、寄付をもろうて歩こうといったことでした。皆さんもご承知のように、お道では寄進勧化というものは、教祖の神様は許されていないのです。『氏子が真心からもちいるのなら神の比礼だけれども、氏子を痛めては神は喜ばぬ』神様が喜びなさらんようなことをして、よいお祭が仕えられるとは思えなかったんです。
 そん時に私の心の中に、もう止むに止まれぬ思いで、その一万円をです、私が一人でおかげ頂こうと思ったんです。あぁ考えてみなさい。千円の金持って帰ってきておるものが、しかもそれは生活費でほとんど無くなってしまいよる時です。私が、あともう一年間の間に一万円おかげを頂こうという、その代わり「腰」を入れての信心でした。それから様々な商売をさせて頂いて、九州中あっちこっち、その当時、ここでは洗剤とかロウのようなものができておりましたから、そういう出張販売なんです。
 こちらは資本があるわけじゃないですから、売っといて、そして品物を送るというわけ。ね。後で集金に行ってから、また送るという。そういうその手をとらせて頂いたところが、非常に順調だったですね。もう、何というでしょうか。私はあの時分に時計とか財布を自分で持たなかったんですけれども。もうそれは、実に神ながらなことでした。例えばもう佐賀なら佐賀で下車いたします。
 自分の検討つけたとこだけ回って、そして駅にやって参りますと、もう例えば長崎行こうと思えば長崎の方へ行く車が、汽車が丁度時間にギリギリおかげ頂く。もう時間表見るわけでもない。時計見るのでもない。そういう神ながらなことでした。ですから、これは成就するな。おかげ頂くなという自信が段々湧いてきたんです。ね。ところがなんです。段々商売も繁盛して参りましたけれどもです。
 引っ掛かりがどんどんでけてきたんですね。送った品物が案の定水石鹸でした。石鹸ではね。集金に行った時にはこうこなってしまってから、こんなもんじゃもうものにならんということで、みんな返品されると言った様なことなんですね。もうそのまんまいきゃ、もう2、3ヶ月で1万円ぐらい儲かっとるはずなんだけれども、さぁ半年になり7ヶ月になり、8ヶ月になったけれども、大したことはない。それから少し焦燥しだしましたですね、私が焦りだしましたです。
 焦れば焦るほどいけませんでした。もう、記念祭はあとわずかていう時です。ちょうど、12月の3日が大祭でしたから、11月の始めでした。意を決しましてから、私は神様の心が分からんと思いましたです。もう、自分の身が尽きようと思わない私の、この、例えば力というか、体から生まれてくる一切の収入というものを、そのままお供えさせて頂こうと、こういう真心の気持ちで、自分の一生懸命なのに、神様がそれを受けてくださらんということは、おかしい。
 半面には、ただ今申しますように、それこそ時計一つ持たんのにです、もう、それこそ置いたものを取るようにスムーズであるかと思うと、片一方の方には、ずうっと引っかかりができてくる。売れるかと思うと引っかかりができる。はぁ、ようやく5千円ばっかり儲かったと思ったら、プスーっと次は3千円の損しとるというようなふうですたい。千円か2千円ぐらいから、もう全然向上しないわけなんですね。
 それから私は、家族の方には八女郡の星野村あたりの方に商売で行くと言うて、山越えで、私は、その山の中にしばらくこもってみようと、私は思ったんです。今、考えてみるとおかしいですね。お道の信心からそんな信心はないですけれど。山の中にでもこもって、じーっと本気で一つ神様からです、答えを頂こうと、私は感じたんです。どういうわけで成就しないわけですかと。
 大体、記念祭というものはです、神様のお喜び頂けんものなら、もう仕方がないけれども、記念祭といやぁ、神様に喜んで頂けるようなお祭を信者が奉仕させて頂きたいと。それを他の者が、いうならぐずぐずしておるから、私一人でもおかげ頂こうと思って、その粋にです、神様は感じてくださらないはずはないと。どこが間違っておるからおかげにならんのですかというような気持ちで、それから山に登りました。丁度、ここの青年の方達が、いつも修行に参ります滝場があります。
 山の中腹です。あの近所まで行った時です。それこそ一点にわかに掻き曇ってです。も、私はもう山の中でのあの、雲が真っ黒に降りてくるのをまるで怖いですね。私は怖かったです。そして全山を揺るがすような雷です雷雨です。もう十一月だったもうそれこそ私はびっくりしましてですね、そしてそのあの滝場の篭り堂へ逃げ込んだんです。もう鳴ります鳴ります、降ること降ることですね。もう大変なことでした。
 それでも、私はそこに腰を据えましてからです、この前も桜井先生が、あちらへ修行に行かれたんです。ああたんとこは先生が、もう何年前、あそこへお篭り堂へ一人、目くらさんが、やばんさんがおられます。そーにゃ、あの人は修行した人ですばい、ここにいつかこげなふうできなさったことがあったったっていう話をされたということですけどね。もう、とにかくあそこは、お不動様がお祭りしておると。
 だけん、お不動様のご真言唱えて、みんながオ滝を頂いているけど、もう十一月ともなると、お宅の水を頂くというような人は、まずないです。ですから、その山の中方達と、私と、私と三人でした。大きなもう大祓いの、大祓いを奏上させて頂きながら、滝の水を一生懸命頂いた。頂いては御祈念。御祈念してはお滝の水を頂く。して、一晩泊まったその翌日でした。お夢を頂きました。
 まだ神様にいろいろお知らせを頂かない時分でしたからね。それがですね、私がその頂かせていただきましたら、もう古い大きな井戸なんです。深いんです。と、こう井戸を覗かせて頂いたら、その井戸いっぱいに大きな鯉が、ゆっくりゆっくり泳いでるんですね。それがその見事なんです。上から覗いてから私が思いよる。もうこれは素晴らしい鯉だと。今度の記念祭のお供えは、もうこれだと。これに決めたと私が思うてから、心の中に思いよるとですよ。
 そう言いながら、思いながら、私は大きなですね、その大きな井戸の縁に立ってから小便まりよるとこでした。小便済んでしもうてから、「しもうた。」と自分で思いよるですもんね。お供えしようと思いよるとに、小便で不浄にしてしもうた。これはもうお供えができんと、それで目が覚めた。ね。だからですね、私は、その腰を入れるということはです、おかげが受けられんならです。
 どういう所におかげが受けられんかということに、一生懸命なることが腰を入れることだと私は思う。ただ腰を入れただけでということじゃいかん。それが例えば、その願いというものが、もう間違いのない神様の気感にも叶う。そういうものならば、おかげでしょう。けど人間の考えのことでございますから、いくら神様が喜んでくださることに違いないと思うておるだけでは、どこに間違いがあるやら分からん。
 考えてみますと、私のこの体から生まれてくる財の一切がです、一年間、神様に奉納させて頂こうというのですから、どこに間違いがあると思われるのだけれど、半分は成就して、半分は成就しないというような状態が続いた。いよいよお祭りはもうあと一月ということに迫ってきた。にもかかわらず、全然それが成就しないという時に、私がです、腰を入れてなかったら、そんなこともできていなかったと思うんですね
 。もう、そのことばっかり、寝ても覚めても考えた。そして、これはどこにお粗末があるやら、ご無礼があるやら、どういうわけにおかげを下さらんのかです。これは自分のことならいざ知らずです。こと、お広前のことやら、神様のことじゃあるにもかかわらず、成就しないのはどういうわけか、神様から直接談判したいというような気持ちなんです。そして、ただ今申しますような、十一月という月にです、雷雨の中に、お滝の水を頂きながら、祈ってはお滝を頂き、お水を頂いては祈る。
 そういう二日間。二日目にです。私がお夢頂いたのが、ただ今のようなお夢だった。もうはっきり私はご神夢といったようなものを実感したことはなかったんですけれども、これこそ、こういうのがご神夢だろうと、その時思うたです。そして、ただ今申しますように、見事な鯉なんですけれども、それに不浄をかけておる。はぁどこにそういう不浄があるだろうかと私は一生懸命考えたんです。
 そして分からせて頂いたこと、なるほど私は記念祭、記念祭、記念祭と、記念祭を目指しての一生懸命の真心は真心に違いない。一生懸命、一生懸命には違いがないけれども、さぁ、それから先のことがいけなかった。その代わり、記念祭が終わったなら、今度は私におかげをしっかり神様下さいよというでが、思いがあったんですね。一年間は私が、もう一年間を棒に振っても、神様事に尽します。
 あとはどうぞ、神様私の為にいっちょ、しっかり弾んでくださいというようなものがあったんです。条件付きだったということです。それを全然気がつかなかったですね、十一ヶ月の間。もう、本当に間違ごうておったと、こう思いました。ですから、もう先のことは自分の心の中に、もう自分のことに対してのおかげはです、私はこういう御用させてもろうたから、こういう信心させてもろうたから、おかげをくださいといったような思いをさらさら捨ててからの願いに変えられた。
 しかし、私は今日、みなさんに言っておることをです、みなさんのおかげはですね、腰を入れた信心をしていないということです。半信半疑で、いうならば、まるとそのままのおかげを頂こうと思うておるということなんです。いぃや、疑ごうておる、それでも半分くらいのおかげを頂いておるというのです。ずうからいくと、腰からいくと。腰を入れての願いであり、腰を入れての修行であるということになる。
 ところがさぁおかげはどうでもこうでもという気持ちでおるがひとだけれども、そのおかげが頂きようともしない。そういう時にその時です、私は腰の入ったもんと入っとらんもんの違いがでけてくる。あぁやっぱりそうにや一生懸命なったけれども、おかげは頂きゃきらん。もう私どんじゃでけんと言うて引き下がるかです。そうすると神様に直接談判でもさせて頂いてですたい、どういうわけにおかげが頂けんのか。
 それもやっぱり半分にはですね、神様のおかげと言わなきゃおられんと言う様なおかげを見せて下さっとるから、そういう元気も出たんでしょうね。だから腰を入れればです、そういう意味でのおかげを必ず見せて下さるです神様は。そしてまぁいうならばお道的ではないですけれども、そういう突飛な信心にならせていきたい。私今から考えますとですね、その今日はですね、私どうしてこういうその二十年も前の話をするかというと、ご神前にでらして頂いたらですね、「地雷」ということを頂いたんです。
 あのいわば「天雷」と。雷さんは天で鳴るでしょ。だからあぁ「地雷」地の雷と頂いた。してみるとこれもやっぱり天雷というものを使わにゃいかん。だから「天雷」また「天から来た」と感じたんです。それには「地雷」ということはとにかく大地がもう変動するくらいなんですからね。地震のようなものですいうならば。大地が揺り動かされるようなおかげを頂くためには「天雷」「地雷」を呼ぶおかげを頂くためにですね。
 いわば、腰を入れた願いを、しなければいけないなということです。昨夜なんかも、今度の記念祭のこと、または春の大祭のこと、総代会があった。はたして、総代が、どれくらいの、腰を入れてるだろうかと私は思うた、今朝の御理解頂いて。本当に腰を入れとるんか、大体。総代が腰を入れりゃ、他の者は右にならえする。そのために、どのくらい修行がでけとるかと。
 腰が入っとらん。これだけ腰を入れとるのにおかげが成就しない。私はそれ十一ヶ月かかってから、私は突飛なそうした修行の中からです、なるほど、これじゃおかげ頂けんはずだということが分からせて頂いた時です。さぁ、たった一つしかなかったですけれども、さぁ、その後のおかげというものは、もうバタバタでしたよ。十一ヶ月どうにもでけなかったおかげがです。ちょうど願い通りのおかげを頂いた。
 お供えさせて頂いたことがございます。ね、はぁ、これが不浄になっておるな、という思いが取り払われて、そして信心に腰が入った時です。ね。押せども引けどもビクともしなかったおかげがです、それこそ大地を揺り動きだせるような勢いでおかげになってきたことです。今の金で一万円といやぁ、それこそ、いうなら、まぁはした金ですけれども、その当時20年前の1万円といやぁ、大したお金でした。
 いわゆる記念祭が仕えられるというほどですから、それで。そしてから、今、私が思うのですねぇ。なるほど、その後に私が願っておったように、私のために働いて下さらなかった、いや、むしろますます難儀なことになったと、私は。けれども、あの時分に私は力を頂いておったな、力を頂いておったんだろうなぁと、私は思うです。鯉のお知らせはお徳とおっしゃるですが、ね、
 あの時分に私はまぁ徳を受けておったというなら、徳を受けておったんだろうと、こうその徳を不浄をですかねぇ、払ろうてくださる。その私が霊夢、霊夢に見せて頂いたところのお夢には、小便をもってから不浄にかけたけれども、その不浄が払われるために、その後の修行があったんだと。そしてあの鯉を現在頂いてあるのが、私の現在の信心状態じゃなかろうかというようなことを、今朝から私思うたんですけどねぇ。
 ただお願いしとる、お取次を頂いとるぐらいのことでですね、私は例えば記念祭、まぁ記念祭なんかを、それではねほんなこっちゃないと。これは私自分の願いでも同じことです。自分の願い事を一生どうでもこうでもという腰を入れなきゃだめです。そして腰を入れて、神様が働きをやっぱり、これを感じるだけの働きを見せて頂かなければ、ほう腰を入れだしたら、神様が、商売なら商売の上に、これだけはっきり変わってく、変わってお繰り合せ下さるようになる。
 この調子だったらおかげを頂くぞというようなものが見えなければ、ところが半面にです、それが例えば、その内消え、おかげが頂けないとするならばです、いうなら腰を入れて、もういっちょ神様にです、体当たりでぶつかるくらいの気持が必要だということ。そして、なるほど、これでは成就しないはずだというものを突き止めてです、そこが、改まっていく時です。私、本当の意味でのおかげがです、ね、
 言わば「天雷」「地雷」というでしょうかね、今日の御理解で申しますならば。地が鳴りわたるというか、地が揺り動きださるといったような、勢いの信心をさせてもろうて、天雷のおかげが頂かれる。これもよく似た「天成 地也」ということをいつか頂いたことがありますね。「天なり」ということは、天の願いが成就するという成なりと、「地也」ということは、大地の地、なりは百円也という時の也。
 これ決まった、定まったという意味なのです。ね、神様の願いが成就するおかげを頂くためには、私共は、地にひれ伏したところの信心。もう大地にひれ伏した信心に極まったということなんです。今日の御理解は、それよりか、もちょっと荒々しい感じが致しますですね、「地雷」と、「地雷」です。大地が炸裂するような勢い。それには私共がです、本気で腰を入れなければ駄目ということ。
 腰を入れとると、ならその腰ん入れとる印はどの位あるかと、神様に求められたら、このぐらい腰を入れとりますと言えれるようなものが、どれだけあるか。んなら腰を入れたからだけで成就するということではない。例えば願いの筋が、いわば気感に適わなかったらそれはおかげにはならんのだけれども。その願ってみて縋ってみてです、それが、いわばびくともしないおかげが、びくともしないならです、ね。
 そこを神様に体当たりででも、私はぶつかってです。どこをどう改まらせて頂いたら、どこが間違うたらおかげにならんのですかという位な、私は勢いが、神様に迫るようなものがです、必要だと。そして、40年祭の一番始めに計画された、願い通りのおかげが頂けたようにです。そういうようなおかげを頂くためにも、皆さん、どうでも一つ、腰を入れなければなりません。「どうぞ先生、お願い致します」と。
 ただそうしてお取次頂くということだけではなくて、お取次を頂いて、どうぞ私の信心に腰が入りますように、願わにゃいかんと私は思うんです。ね。教祖の神様、「どうぞおかげを頂かせて下さい」と言うてお願いをした時に、「おかげの受ける受けられないというのは、願う氏子の腰ですわい」とおっしゃったそうです。腰が入れなければ、本当のことにならんのじゃないかと、こう思います。おかげを頂きました。